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2009年12月19日

人生は傷心の日々と思っていた方が・・・

人生は傷心の日々と思っていた方が・・・

人生は幸福を満喫出来る程には、作られていないように思います。

人間は溢れる程の幸福に包まれると必ずと言っていい程、堕落の道を歩みますし、慢心に心乱れてしまいます。

人生は努力をするように仕組まれているのでしょう。
それと希望とか、夢を見、それを追い求めるように作られているようです。

人生は傷心の日々だと思っていた方がより幸せに近づくことが出来るような気がします。

傷心から立ち直るには、ひたむきな努力が必要ですし、より前向きな姿勢や夢や希望を追い求める行動が要求されます。

つかの間の幸せにも、感謝を忘れず、笑顔をもって迎え入れ、明日の傷心のために備えを怠らない。

いっ時の喜びにも微笑みを絶やすことなく、やがて訪れる悲嘆の日々に備える。

人生は傷心の日々と思っていた方が良さそうです。

さすれば失った喜びの日々にも感謝の想いを忘れることがありません。

来る傷心の日々は、次なる喜びの日を迎い入れるが為の前走であり、より深い幸福感にも浸ることが出来るというものです。

人には日々、たゆまぬ努力が求められます。

それはより素晴らしい喜びを産むために人間に課せられた業の様なものでしょう。

歌を忘れたカナリアではありませんが、継続的な正しい努力を忘れた人へは、その報いは訪れないように思うのです。

例え、棚ぼた的に訪れたとしてもそれは砂上の楼閣、足元のおぼつかない不安定な不安とやがては恐怖を持たらすにすぎないのです。

傷心の日々を、ただ悲しみに暮れるのではなく足元を踏み固め、見つめながら地道で地味な歩みが出来る事こそ大切なようです。

今日はそれこそ傷心の日でした。
でも明日は確実に訪れます。

暗い夜ほど明るい朝が訪れるとは先人の教訓です。
  


Posted by misterkei0918 at 10:10Comments(0)

2009年12月19日

「葛藤」ってなに?

「葛藤」ってなに?

よく使う言葉です、「葛藤』。

いわゆる紛争や争いごとの事でも無さそうですし、ただの心のもつれでもないようです。

ネット上で調べました。
読んでいたら納得です。よく理解出来る説明がありましたので引用させて頂きました。


『人格の分離と関連が深い心理現象に、「葛藤」というものがあります。
それは、一人の人間が、複数の選択肢のあいだで引き裂かれるような苦しみを感じることを言います。

葛藤とは、単に複数の選択肢のどれを選ぶかに悩む状態を言うのではありません。

今夜の食事をカレーにしようか中華にしようか迷うことを、葛藤とはあまり言いません。

葛藤とは、単に迷う現象ではなく、選択肢のどちらもその人にとって捨てることができず、必要不可欠と感じられながら、選択肢が互いにまったく相容れず、両立しない。その結果その人が選択不能の状態に陥ることを言います。

そして、どちらかを選択しないと、彼彼女の存在基盤そのものが危うくなる状況にあることを言います。

選択不可能であるのに、選択しないままでいることもできない。

この結果、葛藤は精神的な強烈な苦しみとして体験されることになります。

つまり葛藤とは、選択肢の間で起きることではなく、人間としての相容れない存在の仕方の間でおきることだと言えます。

かくして、カレーと中華に迷う時は、半人前のを両方食べればそれで万事解決ですが、不倫の恋に陥ると家庭との共存は困難であり、そこで人はしばしば葛藤を体験します。』


よく理解出来ました。
今までもよく使っていましたが釈然としなかったのです。

溜飲が下がった感じがします。
  


Posted by misterkei0918 at 10:09Comments(0)