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2011年05月16日

花も咲くには懸命な努力が伴っている

花も咲くには懸命な努力が伴っている

私は毎年、桜のエネルギーの凄さを感じます。

植物の研究をしている訳でもありませんから、桜の生態をつぶさに知っている筈がないのです。

ですが、桜が満開に花びらを身につけるには相応の努力が必要だし、大変な力を必要としている筈なんです。

例えば、私どももそうですよね。
人並み以上に、素晴らしい人になろうと思えばそれなりに努力が伴わないと結果はついてきません。

成績でもスポーツでも人並み以上に、なろうと思えば尋常な努力ではなり得ないでしょう。

美貌だって、人よりも美しく、輝くにはそれ相応の関心と継続、心の張りだって要求される事でしょう。
この場合は、土台の事や先天性も加味されるでしょうが。

いずれにしても努力なしでは成しえないことであります。

桜にしても、春を迎えるまでに耐えなくてはいけない冬もあるものです。

桜を擬人化することには、可笑しく感じる人もいるかもしれませんが、色んな事に想いを馳せる事は可笑しい事でもないでしょうし、人間としての感情の豊かさを養うには自然界から教わる事の方が多いものです。

全ての自然が、人間とともにここまで生きてきたのですから、或いは人間の知らない精神や言葉を持って語り合っているかも知れませんよね。


『明日ありと思ふ心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは。親鸞』


『時にあわば散るもめでたし桜花(さくらばな)めずるは花のさかりのみかは。幕末の兵学者 佐久間象山』
  


Posted by misterkei0918 at 18:43Comments(0)

2011年05月16日

「涙は心の目を洗う」

「涙は心の目を洗う」

今日の夕刻、福岡市博多区、空港の近くを車で走っていますとこんな言葉が目に飛び込んで来ました。

お寺の入口に書かれていた言葉です。
無断で拝借させて頂きました。

「悲しい時には泣くが良い。涙は心の目を洗う」

一種の快感さえ覚える時がありますよね。

痛い時、
苦しい時、
悲しい時、
悔しい時、
相手に同情する時、

純情でない程嬉しい時、
感極まる時、
笑いが過ぎる時、

当然、老齢化して涙腺が緩んでしまった時、


いろんな場面で涙が溢れます。

とりわけ涙には心の浄化作用があるものです。
また、癒しの効果や
慰め、
開き直りの心、
物事に改めて対峙させる勇気なども授けてくれるものです。

ですから、時には思い切って涙を流すのも捨てたものではありません。
頼り過ぎるのも困りますが。

私などは、涙脆い方ですから比較的簡単に涙を流してしまいますが、本当は辛抱する所が欲しいものです。

「男は簡単に涙など流すものではない」などと言われましたが、確かにそんな側面はありますよね。
家の大黒柱の親父が、めそめそするのも困りますし、家族を本当に支えられるのか危うくなります。

会社の経営者だって、いちいち涙を流されては社員は不安になってしまいます。
でんと構えて、社員の先頭に立ってくれなくては困ります。
涙などで解決してもらっても嫌なものです。

流すなら、トイレや車で一人になって流す涙こそ、良さそうですよ。


『気持ちが萎え、ときには涙することもあった、だが、涙を恥じることはない。
この涙は、苦しむ勇気をもっていることの証だからだ。フランクル』


『涙は苦痛の聖なる権利だ。グリルパルツァー』
  


Posted by misterkei0918 at 18:17Comments(0)