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2011年01月07日

過去の栄光の亡霊に心奪われては駄目

過去の栄光の亡霊に心奪われては駄目

新年を迎えた早々に、過去の話に終始するのはどうかとも思います。
或いは新年を迎えた時期だからこそ、自戒を込めて考えてみるのもいいかもしれませんね。

私自身に過去の栄光などと言われるものが存在するかも疑問ですが、それは私個人の胸の内で「あのときがそうだった」位の判断でいいのではないかと思っています。

例えば、

大企業に就職できたこと、
恋愛が成就し結婚まで辿り着いたこと、

首尾よく起業出来た事、
ここまで数十年に亘って経営できた事、

難しい時代にも関わらず、そこそこの事業として確立できたこと、
孫も順調に育ち、親族仲良く過ごせている事、


確かに人生は波乱万丈、さまざまな事がありました。
眠れない日を幾度となく迎えた事もありますし、自己否定をしてみたり、涙をぬぐってみたり・・・・・

でも、そのそれぞれが現在を構築するための踏み台であって、どうしても必要なものであったような気がします。

そして数少ない栄光も存在するものです。

「良くもここまで頑張ったとか」
「若しかすると奇跡じゃないの」

こんな時も存在するものです。

でも栄光に浮かれていても、殆ど得るものはありませんでしたしむしろそれが為に足かせになって身動きが取れないときが多いものです。

しかも喜びの絶頂期は、栄光に浸っている時ではなく苦難を克服した時や悲しみを乗り越えたときであったのです。

安堵感や充実感に浸れる時は、苦難を克服した時や悲しみを乗り越えたときであって、栄光の時ではないようです。

栄光は過去の遺産や亡霊ぐらいに思って、むしろ苦難を経験した道程こそ大事にし、かつ振り返る価値がありそうです。

経営をしていて、「柳の下にドジョウが2匹」いたためしは殆どありませんでしたが、そんな時に限って過去に執着し旨い話に心を奪われ、迷いや失敗を招いていたような気がします。

経験、特に成功体験や栄光に心を奪われることなく、謙虚に常に初心を見つめ、自分を戒め厳しく、嗜(たしな)めながらの生涯にしたいものです。

心休まる時はなかなか見いだせませんが、そんな厳しさの中に時々垣間見せる至福の時を大切にしながら・・・・・


『小生の最大の栄光は、一度も失敗しなかったことにあるのではなく、倒れるたびに起き上がることにある。ゴールドスミス』



Posted by misterkei0918 at 10:16│Comments(0)
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